azuと初めて話したのは、1998年の秋だった。
小学校も同じだったから存在は認識してたけど話したことはなくて、
中学1年で初めて同じクラスになった。
出席番号も背も遠かったせいか、
話すこともなく気付けば秋。
そのころ、授業の一環で保育園へ職場見学へ行くことになって、
グループが一緒になった数人の中に居たのがazuだった。
azuはあまり素行が良くなかった。
初めて話した言葉といえば、
階段を一緒に上っていたときに、
急いでいた私は一段飛ばしでぴょんぴょん飛んでいて
そこで言われた一言。
「自慢してんじゃねーよ」
だった。(背が高かったからね…)
第一印象は、最悪。
若干死ね、と思った。
第一印象は最悪だったけど、
特にその言葉を根に持つわけでもなく
割と自然に仲良くなっていった私達。
(首絞められたりしたけどね!)
気付けば、休み時間にはいつもとなりにazuがいた。
そのころは特に意識もしていなかったので
正直言うとあまり記憶がありません…
中1といえば、その職場見学に一緒に行った
azuと、samiと、saoriと、私がいつも一緒に居るメンバーだった。
中2になり、私とazuは1組、
saoriが2組、samiが8組になった。
その時はazuと同じクラスになれるように願っていた気がする。
でも本当に覚えてない…(笑。
azuとはずっと一緒にいたけど、知らないことばかりだった。
どこか「それは話さないよ」オーラが出ている気がした。
例えばそれは、
くだらない最先端の情報についてだったり、
学校を無断欠席した日のことだったり
居るのか居ないのかわからない、父親についてだった。
保護者は母親の名前だったけど、
家に行くと
お父さんから貰ったという
ギターがホコリをかぶって置いてあった。
また将来について、azuには私とは違う考えがあって
「中学を
卒業したらセブンイレブンで
バイトをしてお母さんに
おこづかいをあげる」
と言ってた。
家庭環境が自分と違うことは歴然だった。
片親のazuの家はところどころ壊れていて
ガラスが割れていたり、ふすまや障子は破れたままで、
物があふれかえっていた。
だけど本人は、どこよりも家にいる時が元気だった。
人が育つ環境で大切なのは、
家の大きさや新しさ、おしゃれだとかセンスがいいとか
そんなことよりも、そこに居る人の関係性、
信頼し合った絆があることが何より大切だと思う。
彼女の家庭は、私が今まで見た家族で、
いちばん笑顔の耐えない温かい家庭だった。
そのころazuの家によく遊びに行くようになって、
交換日記がはじまり、
同じ塾に通いはじめて、
毎日なぜか2通以上の手紙のやり取りをしたり、
私の部活終わりを待っていてくれたり、
どんどんどんどん仲良くなっていった。
中2の夏、同じ塾で授業を受け、
いつもと同じように一緒に帰ろうとしていたら
azuは先にさくさくと帰っていった。
「なんだよ」と思いつつ、
次の日、いつものようにazuに話しかけたら
物凄い形相で睨まれた。
あまりに驚いて声が出なかった。
これは今でも理由がわからないし、意味不明。
ここから半年くらい、私とazuには全く会話のない空白の時期がある。
その間も同じクラスだから、
10人くらいで休み時間トランプで遊んだりするじゃないですか?
うっかり真正面に座って、「気まずっ!」とか思いながら、
azuはazuで目を合わせてるのに、
「話す気はまったくないよ」オーラを醸し出して、
周りが気を使っちゃう日々だった。
samiはazuから「shinobuとケンカしてるんだ〜」なんて話してたみたいだけど、
理由も何もいわなかったので私は悶々としてた。
何よりその"ケンカ"は私にとって今までにない
ショックだった。
私が人にあまり相談しない性格なのと、
彼女が何かを決めたら絶対曲げない性格なのを知ってたので
(っていうかケンカの理由もわからないので謝るにも謝れなかった)
時だけが過ぎていった。
そんな空白が突然終わる。
お正月を過ぎた、中2の冬休み。
友人のお母さんが亡くなったと知らせる電話がかかってきた。
私は体温が一気に下がり、身体が震えた。
人が亡くなったことにか、彼女の何も変わらない態度にか。
azuからの電話は、半年の空白を何も感じさせない電話だった。
次の日、昨日の電話が信じられなかった私は
緊張しながらazuに話しかけた。
緊張とはうらはらに、笑って答えてくれたazuは
半年前と変わらないazuだった。